WHAM!「MAKE IT BIG」(1984年)
リアムタイムで聴いてた時は「ウキウキ ウェイク ミー アップ」や「フリーダム」などシングル曲ばかり聴いていたけど、今聴くと他の曲も黄金のモータウンリズムを始めとしてブラックミュージックのテイストを、とびきりキャッチーに料理する若干21歳のジョージマイケルの手腕に脱帽する。(クレジット通り全てジョージが手掛けているとしたら、ね)
収録曲中唯一のカバー曲、B② If you were thereはこのアルバムで知ったんだけどこのところ超好物。
何度か聴くと「あー、シュガーベイブだな」と気づき、だから今の僕の耳に合うんだと納得した。
なお本家、アイズレーブラザーズの原曲はこちら。
達郎さんもアイズレー大好きだしね。
B① フリーダム https://youtu.be/BFwOs-jy53A
A① ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ https://youtu.be/pIgZ7gMze7A
はモータウンリズムを取り入れて大ヒット。このリズムで作られた曲ってどんなシチュエーションであろうとすんなり入ってくる。
ポップス史上、最大の発明じゃないだろうか。
WHAM!をアイドルグループと侮っちゃだめですねー。
正統なるブラックミュージックの伝道師として今更ながら認識した次第です。
ハイ・ファイ・セット「ファッショナブル・ラヴァー」(1976年)
昔から名前は知っていたけど自分には縁のない音楽だとスルーしていましたが昨年ジャンクレコード漁りの際に購入。
針を落とした瞬間、今までスルーしてたことを激しく後悔。
クレジット見たら松任谷正隆(kb)はもちろん、細野晴臣(Ba)、林立夫(Ds)、鈴木茂(Gt)って"間違いないやつ"でしょ。
3人のボーカルもいいんだよねー。
なんかどんなタイプの歌を歌っても漂うゴージャス感はとても心地良い。
しかし、やはり演奏の凄みが半端ない。
A① 星のストレンジャー
ドラム、ベース、ギターの畳み掛ける演奏が凄まじいアップテンポナンバーから間髪いれずにしっとりと聴かせるA② 朝陽の中で微笑んでへ。
A③ ボサノバ風のジュ マンニュイも気持ち良い。
A④ フェアウェルパーティーで再びゴージャスな気分を味わった後、
いかにもユーミンなメロディのA⑤ 冷たい雨、ここでの鈴木茂のギターソロもカッコいいなぁ。
B① タイトル曲 ファッショナブルラヴァー も細野&林のリズム隊がカッコよ過ぎるアップテンポナンバー。
B⑤ グランドキャニオンにおける細野さんのプレイも凄い。
シティポップ好きな人は全曲必聴です。
改めて細野さんのベースの格好良さを噛み締めてます。
稔橋〜旧植苗小〜美々尋常小学校
2020年4月18日 探索の記録。
①稔橋(ねんばし)
1944年(昭和19年)当時早来に駐屯していた陸軍第77師団(通称 稔部隊)が休止になっていた旧富内線の鉄橋を物資輸送路として使うためにコンクリート製に改修したことから稔橋と呼ばれています。
富内線とは、1922年(大正11年)沼ノ端と鵡川を結ぶ金山線として開業。
戦後は富内線跡が上厚真苫小牧線として道路に転用されたが、1970年(昭和45年)勇払川の大改修に伴うルート変更により道路としての役割を終え、稔橋はそのまま放置された。
数年前から気になっていた稔橋、想像してたよりも立派な橋で大興奮。
線路として汽車が走っていた様子、戦時中にこの立派な橋を作った兵士の姿、道路として車が走っていた様子、それぞれの時代の様子を頭の中で思い浮かべてました。
この稔橋から海側に2、3分歩くとアイヌの丸木舟が発見された場所があります。
昭和36年頃、勇払川で漁をしていた漁師が発見し、昭和41年に引き揚げられた丸木舟。
引き揚げられた丸木舟は現在苫小牧美術博物館に展示されています。
なおこの辺りは苫小牧の自然環境保全地区に指定されていますが大量のペットボトルが堂々と不法投棄されていました。
自然保護地区を示す看板のすぐそばです。犯人が見つかることはないでしょうが、もし見つかったら実名、顔写真入りで世間に発表すべきと言いたいくらい腹立たしい行為です。
②旧植苗小学校跡地、美々尋常小学校跡地
1903年(明治36年)に開設、1972年(昭和47年)に現在地に移転されるまでこの地にあった植苗小学校の痕跡は門柱のみ。
緑が濃くなると隠れて見えなくなってしまうでしょうね。
近くに美々尋常小学校跡地があり記念碑が建てられているとの情報を得て行ってみました。
ボーッと運転してたら素通りしそうな場所にありますが、記念碑と一緒に植えられたであろう印象的な木が目印。
美々尋常小学校は大正3年から大正10年までの7年間しか開設されませんでした。
その後美々尋常小学校は植苗小学校と統合され、その役割を終えました。
この碑は平成15年に開校百周年の記念事業として設置されたもの。
車もほとんど通らないこの場所に、かつて小学校があった様子はなかなか結びつきませんが…
入植者の住まいがそれなりにあったんでしょうかね?
まだまだ知らないことがいっぱいですね。
苫小牧 アッシュブロック住宅②
市内には王子社宅、西町住宅博覧会以外にもアッシュブロック住宅が現存しています。
末広町にあるこの御宅は現在も居住中のため良い状態が保たれていて、大変味わい深いブロック住宅です。
ここで使われている小さめのブロックは初期の頃のアッシュブロックだそうです。
なお、この道路の中央分離帯はかつて用水路で水が流れていました。
昔の地図を見ると所々用水路を渡る橋がありました。
またこの住宅から海の方へ向かうと苫小牧東中学校があります。
苫小牧東小学校と合併する為の工事により、グランド角にあった古〜い武道場は昨年取り壊されてしまいました。
とても良い雰囲気の建物だったので残念です。
もう一つの現存するアッシュブロック住宅は坊主山麓の王子緑化敷地内にあります。
ここは元々は個人の住宅だったようですが今は王子緑化の物置として使われています。
壊さずに使ってくれて嬉しいですねー。
さて、古くからの苫小牧住民ならご存知かと思いますが、この坊主山麓から今のバイパスにかけての一帯はかつて大きな沼でした。
地主さんの名前から「佐羽内沼」と呼ばれ、ボートがあったり冬はスケート場として市民の憩いの場だったようです。
(出典:ふるさとの記録 苫小牧、昭和30年代の町並み〜一耕社出版〜)
昭和40年代後半には埋め立てられ、住宅地として開発されました。
なお当時、沼にいた魚は出来る限り生け捕りして錦大沼に移したそうです。
住宅として現存するのは①、②で紹介したものだけのようです。(王子製紙工場敷地内には色々あるようですが)
但し、アッシュブロックを使った塀はあちこちに残っています。
アッシュブロックは王子工場内で作られていただけに当時王子不動産が分譲した建物の塀には結構な頻度で使われているそうです。
今後は解体される前に、ぜひアッシュブロック塀の観察を続けていこうと思います🤗
風「Windless blue」(1976年)
風のファーストアルバムを気に入って、次に購入したのがこの3rdアルバム。
期待に胸を膨らませ針を落とし、音を聴いた瞬間あまりのカッコ良さに仰け反った。
全体を通して、各楽器の音がめちゃくちゃ良くて、演奏部分はまるで洋楽を聴いてるよう。
1976年にこのクオリティは凄い!
自分もそうだったけど、風、伊勢正三=22歳の別れ、という固定概念が強過ぎて、後追い世代にこの素晴らしいアルバムが認知されていないのが残念。
という訳で気になった曲について一言。
A①ほおづえをつく女
ファーストに感じられたフォークっぽさは全くなく、ロック、骨太なんだけど洒落ていて汗臭くないタイプ、スティーリー・ダンを思い浮かべた。
演奏がとにかくカッコ良い。
ギターの音色、伊勢さんの声。ハードボイルドな曲調なのでソウルフルなボーカルだと汗臭くなってしまうけど、伊勢さんのボーカルだととてもクール。
日本のロック史に残る名曲です。
A②夜の国道
大久保さんのボーカル。
アーバンなAORという雰囲気。
この曲のみ、ドラムが市原ヤスシ(御免なさい、存じ上げない)で硬くタイトなドラムがカッコいい。
A③3号線を左に折れ
伊勢さんのボーカル。サビのメロディが切なくてグッとくる。ドラマチックなアレンジが良い。
A④旅の午後
大久保さんのボーカル。明るく開放的な曲で大好き。
B①アフタヌーン通り25
異国情緒漂うアレンジが印象深い。これも大好きです。
B④君と歩いた青春
タイプでいうとファースト収録の名曲「海岸通り」。
同じようにドラマチックなアレンジでグッときます。
苫小牧 アッシュブロック住宅①
昭和28年(1953年)、苫小牧市は開基80周年、市政施行5周年を迎え、第4回観光まつり(港まつりの前身)の記念事業として「寒地向住宅博覧会」を開催した。
(昭和28年8月15日 北海タイムスより)
(ブロック住宅平面図集より)
この時に展示販売用として19棟のブロック住宅が建てられたが、改築、リフォームを経て、現在も2棟が現地に残っている。
(居住中、2018年7月撮影)
なお、2018年7月には現存していたが昨年解体されてしまった一軒は博覧会当時のままの瓦屋根でした。
(2018年7月撮影)
この時期の苫小牧で主に使われていたブロックは「アッシュブロック」といい、王子製紙の火力発電所で使われた石炭殻を活用したコンクリートブロック。
王子製紙の社宅にも積極的に使われた。
アッシュブロックが製造された昭和25年から昭和31年の間に建てられたブロック造りの社宅は全部で310棟。
今でも白金町の線路脇に、廃屋状態でいくつか残っている。
それまでは木造が主だった王子製紙の社宅の中で、ブロックの社宅はみんなの憧れだったそうです。
かつて工場を中心に東西に広がっていた社宅群も今では人が住んでいるのは工場側の中部のみ。
他の土地はどんどん新興住宅地として分譲され、唯一残っている白金のこの辺りもそのうち開発により取り壊される運命だろう。
工場敷地内に移転してでもいいので1、2棟残せないですかねぇ。
火力発電の熱源が石炭から重油に変わっていき石炭殻が排出されなくなったこと、住宅用の建設資材の多様化などによりアッシュブロック住宅は実質6年間しか作られていませんが、王子の工場を有する苫小牧ならではの住宅、資材であったと、もっと堂々と世間にPRしてもいいと思います。
実は市内には他の地域にもアッシュブロックを使った住宅や塀が残っており、随時調査を進めていますので第2弾をお楽しみに!
風「ファーストアルバム」(1975年)
風といえば22歳の別れ、フォークソング、フォークといえば神田川、くらいのイメージしか持ってなかった僕。
数年前、譲り受けたレコードの束に入っていたのがこれ。
期待せずに針を落としたところ…
イメージ通りのフォークソングな部分もあるけどカッコいいじゃないか!
クレジット見たら細野さんやら林立夫やら後藤次利やら伊藤銀次やら松任谷正隆やら、コーラスはハイファイセットとシュガーベイブ!
そりゃカッコいいよな〜。
曲ごとのクレジットが無いので実際のところは分からないのだけど、アレンジを松任谷正隆が担当したこの曲の演奏はきっと上記のメンバーが揃って参加しているんだろうな。
A④ でいどりーむ https://youtu.be/0OgDP-I6SSY
繰り返し聴いてるうちに虜になったのは、A② 海岸通 https://youtu.be/zE1Jh0hXNHk
この曲、ホントいい。
ドラマチックなストリングスと、それに絡むギターがたまらんのです。
メロディ、演奏、アレンジ、歌詞、伊勢さんの声、全てがマッチした名曲だと思います。
すっかり伊勢さんの世界にハマった僕は風の他のアルバム、伊勢さんのソロなど入手、またこれをきっかけにフォーク系の作品に凄腕のスタジオミュージシャンが多く参加しているのを発見出来たのが収穫でした。
こういう発見があるからレコード漁りはやめられないのですよ。